局長の四象八牛です。

今日は夕方から風が強くなってきました。今晩から地元では大きな祭りが開催されるのですが、この分だと人でも多くないかもしれません。明日は雨のようだし。気温は上がって暖かいのですが、風が強かったりとなかなか安定した天気になりませんね。

icon-tag201641日 合肥~巣湖~蕪湖

列車は安徽省合肥に到着しました。朝8時くらいの到着だと楽ですね。合肥にもいろいろと三国志遺跡があるのですが、今回は立ち寄らずにすぐ巣湖の方へと向かうことにします。合肥はまたいずれ来ることがあるでしょう。

合肥火車站に到着

あゝ、合肥火車站前にも李先生がありますね。いやいや、こればっかりで。後ろ髪を引かれながら、市バスに乗って合肥汽車站へ向かいます。合肥汽車站はけっこう大きく、今日の目的地である柘皋行きは南区から出ています。

蘇湾行きバスで柘皋へ

チケットを買って、柘皋行きバスを探します。どうやらこの蘇湾行きバスに乗って途中下車のよですね。以前にも一度行っているのですが、変化の激しい中国のこと、以前とまったく同じというわけにはいかないようです。バスに乗り込みましたが、満員でした。次のバスを待ちます。

次のバスもほどなく満員となり出発します。そしてしばらくすると柘皋に到着です。柘皋鎮合肥巣湖の中間点にあります。以前とはだいぶん街の様子が変わっていますね。ここには今日の目的地である典韋墓あります。

バスを降りると、Ctripから連絡がありました。Ctripから連絡があるときは、あまり良い知らせではないんですよね。また外国人が泊まられないホテルだったのかな。でも電話をかけてみます。すると「今日予約した蕪湖のホテルは断水のため水が出ません。どうしますか。」とのこと。あらら、そうなんですか。水が出ないとシャワーもトイレも不便ですね。困ったな。

するとCtripのオペレーターが代わりのホテルを探してくれました。予約したホテルの近くで、有名チェーン系の錦江之星に特価の部屋があるとのこと。外国人でも宿泊できるのかも確認しましたが、問題なさそうです。そちらに予約を入れてもらいました。やはりCtripはなかなか使えますね。

さてさて、目的地の典韋墓へ向かいましょう。以前訪れたときはバスを降りてからけっこう歩いた気がしたのですが、新しい道路ができていて、バスを降りた場所からは近いようです。地図を見ながらだいたいこのあたりかなという場所に来ました。

油工場跡地

あゝ、見覚えのある油工場跡地がありました。この向かいに典韋墓があります。と言うかあったのです。高齢の村人は覚えているらしいですが、今となってはあまり知っている人も多くないです。典韋墓のところまで歩いていきます。

典韋墓遺址

よく見ないとわかりませんが、雑草が覆いしげる塚があります。その上には民家が建てられてしまっていますが、これが典韋墓だったということです。その向かいには沼地があり、以前は井戸だったとのこと。その井戸は魏軍が駐屯したときに使われていたのだとか。まあ、1800年も前のことですから言い伝えですけどね。

さてと、お次は蕪湖へ向かいます。柘皋からはまず巣湖へ行くのがいいようです。しばらく歩いて街の中心部に近いところでバスを待ちますが、巣湖へ行くバスが来ませんね。おかしいな。柘皋鎮巣湖に属する街ですから、必ずバスはあるはずなんですけど。

すると白タクのオヤジが話しかけてきました。巣湖のバスターミナルまでは1人10元で行くとのこと。それくらいならいいでしょう。バスに揺られて行くより、乗用車でスッと行った方が楽ですからね。そして巣湖汽車站に着きました。

巣湖バスターミナル

巣湖から蕪湖へは列車もあるのですが、ちょうどいい時間に列車がなかったのでバスで行くことにします。高速バスですから、それほど時間もかからないでしょう。そして蕪湖に到着しました。蕪湖火車站向かいのバスターミナルです。そこからちょっと歩いてホテルまで行き、先にチェックインします。

そしてすぐさま次の目的地へ。あら、はな局員が死にそうですね。午後は行動するのが難しいようなので、ホテルに置いていくことにします。まあ、慣れない場所で旅を続けてきたのですから、疲れも溜まっているのでしょう。四象は元気なので、1人で出発です。

蕪湖での目的地へ行くには長江を渡らなければなりません。高速道路の方は橋がかかっているのですが、それ以外は渡し船を利用しないとダメなようです。それで蕪湖港旅游客運碼頭ににやってきました。ここから対岸の二壩鎮へは1時間に1本船が出ています。

蕪湖のフェリーターミナル

けっこう地元人民の利用客が多いですね。渡し船は片道5元です。長江を渡ると言っても、船が動く時間は僅か10分程度、すぐに対岸に到着します。

渡し船の文龍号

ここでの目的地は孫夫人廟です。えゝ、孫権の妹で劉備の夫人となった孫夫人です。船着場からはちょっと距離があります。歩いて行くと、最終の船で蕪湖へ戻られない可能性があるので、客待ちしていた無為行きのバスに乗り込みました。そして蛟磯村で下車します。

蛟磯村

ここからしばらく歩いて行くと、蛟磯廟とも呼ばれる孫夫人廟に着きます。和尚さんがいたので、声をかけて中を見せてもらいます。ここも孫夫人が劉備の帰りを待ちわび、入水してしまった場所だという言い伝えがあります。廟内には孫夫人が祭られていますね。

孫夫人廟

すると若い和尚さんがやってきました。話をしてみると、蛟磯廟の由来などを詳しく話してくれます。彼は戒名は原本、もとは上海の静安寺に居たそうですが、ここの住職である釋弥松に請われてやってきたそうです。もう1人若いニイチャンも一緒です。蛟磯廟の話になると、それはもう饒舌になります。

霊澤夫人祠の碑

ここもご多分に漏れず、文革時に孫夫人像ともども破壊されてしまったのですが、今の住職が自力で復興したそうです。以前の石碑なども探し当てて保管されています。霊澤夫人祠の碑や白玉の獅子像は残されています。ちなみに霊澤夫人とは孫夫人を指すそうです。

原本さんとニイチャン

原本さんはいずれここを本来の姿に戻したいと熱く語っていました。観光地化された場所ではなく、以前と同じように自然に溶け込んだ場所にしたいとのこと。まあ、現在の中国ではなかなか難しいとは思いますが、もしかすると近い未来には叶っているかもしれませんね。

望帝魂帰蜀道難

思わず長居していましまいましたので、帰りは原本さんに船着場まで送ってもらいました。いや、歩いて戻っていたら最終の船に乗り遅れてましたから。助かりましたよ。

また長江を渡ります

そしてホテルまで戻ります。はな局員も少し復活しているようで、夕飯を食べに外へでます。ホテルの周辺にはあまりよさそうな食堂もなく、市バスでショッピングモールのあるあたりへ行きます。蕪湖の街は大きく、繁華街が点在している感じであまり便が良さそうではないです。

また牛肉麺

また炭水化物飯になってしまいました。どうしても手軽に食べようと思うと麺とかになってしまうんですよね。バイキング形式の食堂もあったりするのですが、イマイチ衛生的にどうなのかなと思ってしまったり。まあ、どうってことはないんでしょうけどね。

ショッピングモールのクンフーパンダ

そして毒マクドでパイナップルパイを買ってホテルに戻ります。帰りはバス停が移動していたり、バスがなかなか来なかったりして大変でした。なんとかホテルに辿り着いて、就寝です。明日はもう上海へ向かう日になりましたね。それでは、おやすみなさい。

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長