局長の四象八牛です。

だいぶん秋も深まってきましたね。旅日記ではスマホのカメラで撮影した写真を使っているのですが、どうもレンズ保護層のコーティングが剥げていたらしく、ボヤッとした画像になってしまいました。それはさておき、旅日記の続きです。

icon-tag2015920日 宜昌~枝江~荆州~漢川

K1270次列車は宜昌東火車站に到着。まだ朝の5時前なので、外は真っ暗です。そのまま列車を乗り継いで枝江へ行きます。まずは切符売り場へ行き、切符を発券してもらいます。次に乗る列車までまだ時間があるので、何か食べようかなとも思ったのですが、さすがにお店もほとんど開いていません。1件開いているお店があったのですが、服務員のオネエチャンたちが店内の座席で寝っ転がっていたので、入りませんでした。この辺りがやはり中国だと言うか。

誰もいない切符売り場

仕方ないので待合室でしばらく待って、列車に乗り込みます。D5854次列車、目的地の枝江北火車站までは僅か20分ほどの乗車です。

CRH5はかっこよくない

D5854次 宜昌東(06:25) – 枝江北(06:43) 二等座12.5元

枝江北火車站に到着しました。高鉄の火車站は街からちょっと離れた場所にあるのが難点です。バスに乗り換えて街中へ、枝北のバスターミナルまで行きました。その前からバスを乗り継いで目的地である董市鎮へ。董市では董和路でバスを降りました。

董和路の看板

董和と聞いてパッとその人物を思い浮かべることができるのは、かなりの蜀ファンでしょうか。董和は蜀漢四英の一人である董允の父親です。そう、ここ董市は董和故里なんですね。

董和路を南へ歩いて長江の畔まででます。そこからもうちょっと歩くと水府廟に到着です。そこに董和像が立てられていました。聞くところによると、以前は鎮政府の近くにあったそうなのですが、ぶっ壊されたらしく、今の場所へ移設されたそう。以前は全身像だったのが、今では上半身だけになり、なぜか金ピカに塗られてしまっています。

金ピカの董和像

水府廟内にもいくつか像があり、聞いてみると董和像もありました。廟の外壁には「後漢掌軍中郎将董幼宰故里」と書かれていました。

水府廟の外壁

さて、目的は達成しましたので、枝江北火車站まで逆戻り。予定より早く済んだので、切符を変更してもらい1時間ちょっと早い列車に乗り込みました。D3258次で荆州まで行きます。これも20分弱ですね。

D3258次 枝江北(09:20) – 荆州(09:38) 二等座12.5元

荆州は、荆州区沙市区に分かれています。高鉄火車站があるのは荆州区の方です。高鉄の火車站は無機質な感じなのが多いのですが、荆州火車站はちょっと華やかな感じがしますね。

荆州火車站の広場

さて、市バスに乗り込んで沙市の方へ。目的地は中山公園です。ネットの情報ではここにも武侯祠があるらしいのですが、いくら検索しても画像が一枚もでてきません。こういう場合はたぶんないですね。

果たして、中山公園内をくまなく回ってみましたが、武侯祠はありませんでした。1920年代に公園内に移設されたそうですが、その後に破壊されてしまったのでしょう。

しかし春秋閣という建物が残っていました。中には春秋を読む関羽像がありました。説明文では、荆州を守る関羽のために劉備が楼閣を建て、春秋を読む場所にしたとか。この春秋閣も移設されてきたものだそうです。もちろん三国時代の建物がそのまま残っているわけではありませんが。

春秋閣の周りでは人民が踊っている

赤兎馬の像もあった

さてと、ちょっと腹ごしらえしましょうか。何を食べようかと迷ったのですが、結局マクドになってしまいました。日本にいる時にはまったく食べないんですけどね。中国にいると食べてしまいます。セットにチーズバーガーを1つ足して700円くらい。高いですねえ。

マクドの猛毒セット

食欲を満たしたところで、荆州火車站に戻りました。ここも予定より早く済んだので、切符を変更して、3時間早いD3074次列車で次の目的地である漢川へ向かいます。1時間の乗車です。

D3074次 荆州(14:08) – (15:08) 二等座46.5元

漢川火車站に到着しました。この火車站も街からはちょっと離れています。漢川での目的地は垌冢鎮です。漢川の街へ向かうバスに乗車、途中の城隍ロータリーで下車しました。漢川の街から来る垌冢行きのバスがここを通過するからです。途中下車、途中乗車も時間節約の技です。しばらくするとバスが来ました。垌冢までは1時間半ほどです。

漢川、以前はここが赤壁古戦場だったと主張したときもあったそうです。垌冢鎮は曹操の陣があった烏林だったとか。近くには赤壁街という地名も残っています。現在では赤壁市赤壁鎮が古戦場だったとされていますね。

さてと垌冢に到着しました。目的は曹操廟です。バスを降りて、近くにいた人民に聞いてみると、ちょっと歩いた場所にあるとのこと。それほど遠くないので、言われたとおりに歩いて行きました。

あ、ありました。曹操廟です。でも現在はお寺として流用されています。だから大雄宝殿と書かれていますね。曹操聖廟の扁額もあります。扉が開いていたので中に入ってみましたが、仏像だけでした。廟の外には曹操の肖像画がかけられています。そしてその前にポツンと小さな像が。これが曹操像ということでした。なんと哀れな扱い。

大雄宝殿だけど曹操聖廟

魏武帝曹孟徳之聖位

近くの人民に聞いてみると、この曹操廟も近年再建されたもので、以前はもうちょっと離れた場所にあったそうです。まあ、曹操廟として再建されただけでもありがたい。これでお寺に流用されていなければ。

さあ、これで今日の予定は終了です。これからバスで漢川の街まで戻られればよかったのですが、もうこの時間には街へ戻るバスがありませんでした。また人民に聞いて、近くのホテルへ。こんな田舎ですから、外国人だって別に宿泊拒否されたりはしません。拒否されたら宿がないですしね。

この日の宿は騰達大酒店、大床房で100元にしてもらいました。中国の大床はキングサイズが多いので、体の大きな四象には嬉しいです。ホテルのオバチャンに聞くところによると、ホテルの老板は、漢川垌冢を結ぶバスの老板でもあるとのこと。このオバチャン、普通話を話していてもいつの間にか方言になってしまい、聞き取りが大変でした。よくあることです。

そして夕飯はまたカップ麺になってしまいました。田舎ですから、あまりよさそうなメシ屋がなかったんです。スーパーでビールも買って、ホテルで飲みました。明日は陽新へ向かいます。おやすみなさい。

もっといいものを食べたい

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長