許昌支局の開封太郎です。

 ようやく部屋に暖気が通りました。おかげで屋内は温かいですが、外は寒い日が続き、新たな遺跡を捜索するにはどうしても躊躇してしまいます。とりあえず鄭州にでも防寒ジャケットを買いに行くことから始める必要がありそうです。

 ところで、ここ数日間、日本から曹操が好きな女性の方が許昌にいらっしゃったので、三国志遺跡をご案内させていただきました。今回行った場所と、かかった時間などを簡単にご紹介しますので、旅のプランの参考になれば幸いです。

icon-tag【一日目】

 許昌には夜20時過ぎに到着、ホテル近くの屋台で軽く夜食を食べた後、翌日に備えて就寝。

icon-tag【二日目】

 朝の8時に許昌市内より出発、小型の電動自動車(4人乗り)をチャーターして、張潘周辺の遺跡を巡りました。普通のタクシーだと、徐晃墓など農村の中の遺跡へは行きづらいからです。ちなみに運転手は普段、大学の守衛をしていて、この日のために休みを調整してくれました。

 許昌市内から張潘鎮へと向かう道は相当ひどく、どの車もでこぼこ道を避けて通るため、まともに真っすぐ走ることができません。約一時間ほどかけて、はじめの目的地である張遼城遺址に到着。前回到達時には、城壁跡はもう平らになってしまって、もうない、土盛りは誰かの墓だ、という地元民の話でしたが、実際はどうなんでしょうか。

 その後、徐晃墓・郄慮墓へ。前日雨が降ったので道が非常にぬかるんでいて、足下が泥だらけになってしまいました。徐晃墓に限らず、郊外の遺跡は畑の中にあることも多く、こういった場所にある遺跡を巡ろうと考えている方は、たとえ雨が降っていなくても、少なからず汚れることを覚悟しておいた方が良いかと思います。今回いらっしゃった方は、帰国時この日履いていた靴を捨てていかれました。

 再び張潘方向に戻り、漢魏許都故城・毓秀台・張公祠(張飛廟)を見学し終わった頃、ちょうど12時を過ぎていたので、張公祠近くにある食堂で麺料理を食べました。食後、伏完墓・愍帝陵を回って許昌市内に戻ってきたのは14時頃でした。市内の董妃墓を見学して、この日の遺跡巡りは終了。

 夕方は許昌学院の学生との交流会に参加していただき、夜は、四川系の火鍋を。曹操が好きな方ということで「杜康」をほんの少し体験していただいたのですが、やはり普通の日本人の口には合わないようです…。

icon-tag【三日目】

 この日は朝9時頃出発、漢荀氏八龍塚・王允墓に行きました。途中、雨が降り出したので、昼からは屋内がメインの観光地、曹丞相府・博物館へ。私も許昌に住んで一年以上ですが、実は曹丞相府に入るのははじめて。特に昔の物があるというわけではありませんが、曹魏が好きな方にとっては楽しめる場所なのではないでしょうか。全部見て回るのに約3時間くらいかかりました。

 博物館は無料ですが、パスポートが必要です。展示品はなかなか見応えがあり、古代の文物が好きなら、おすすめの場所です。ただ、今回は閉館まで一時間半程度しかなかったので、ちょっと駆け足気味で回りました。

 夕食は博物館の向かいにある四川料理のレストラン「尋常故事」で食べました。店も比較的きれいで、料理も日本人の口に合うと思います。もちろん、日本の中華料理と比べると辛いと感じるかもしれませんが。

icon-tag【四日目】

 朝の8時半に出発。まず、夏侯淵墓へ行ったのですが、石油倉庫内にあり、普通は入れません。今回、色々と手回しをして、中に入れたことは入れましたが、文物碑すら撮影禁止。以前、ここを訪れた方のブログなんかを見ると結構簡単に入って写真も撮ったりしているみたいですが、また来ることがあればよろしく、なんて言える雰囲気ではありませんでした。今後、こちらにご案内することは、現状では厳しいと思います。

 気を取り直して、路線バスで灞陵橋へ。ここは関帝廟はじめ、物語に関連する展示物もいくつかあるので、三国志好きな方は最低2時間くらいは必要かもしれません。

 昼過ぎ、市内に戻って許昌で一番大きなデパート「胖東来 生活広場」でお土産などを買った後、春秋楼へ。ここの関聖殿にある関羽像は一見の価値があると思います。見学時間は約一時間半。

 夜は河南料理の「阿五美食」で。ちょっとした高級店で、ここも日本人の好みに合うのではないかと思います。普段、私が食べている河南料理とは値段も味も全然違います。

icon-tag【五日目】

 午前、リムジンバスで新鄭空港へ。リムジンバスの出ている「侯机楼」は高速鉄道の駅である「許昌東站」の向かいにあり、許昌から新鄭空港までは約1時間です。

 今回、時間の関係上、移動はタクシーがメインでしたが、時間に余裕があればバスで回ることも可能です。ただ、張潘周辺の遺跡を一日で全部効率よく回りたいなら、車をチャーターした方がいいと感じました。ただし、私が同行した場合、あと二人までしか乗ることができませんが。