局長の四象八牛です。

さて、今回は短期の突撃旅だったので、旅日記も今回でお終いです。まあ、いつもながら気の向くまま適当に旅しています。いい加減、中国以外の国へも行ったらいいんじゃないかとも思ったりもしますが、気がつけば中国で…。

icon-tag2017716日 勉県~漢中~西安

さてとこの日は、ちょっとまだ行ったことのない三国遺跡を探しに行きましょうか。勉県には何度も来ているのですが、まだ行ったことのない場所はあるんですよ。やはり僅かな情報があっても、なかなかその存在や場所を特定するのは難しいんですよね。

とりあえずホテルをチェックアウトしました。今日の目的地は、勉県の街からちょっと離れた場所にあります。地図を見ているとそれほど遠くはないようですが、バスで行けるところからはまだ距離があるようです。やはりタクシーを捕まえて行きますか。

道路脇で立っていると流しのタクシーが停まったので、運転手のオバチャンに行き先を告げます。値段を聞いてみると高くなかったので、即決です。とりあえずネットで村の名前までは調べてありますから、その村まで行って、あとは地元の人民に聞くしかないですね。

郊外を走る

午後になるとかなり暑いんですが、朝方は涼しいです。30分ほど走ったでしょうか、村の近くまで来ました。タクシーのオバチャンもあまり来ない場所なので、途中地元民に道を聞いています。そして目的の村までやってきました。

さて、目的地は張魯義女墓祠です。張魯の娘の方へは行ったことがありますが、義女の方は昔から情報があったものの、場所が特定できなくて訪れていませんでした。とりあえず、村の道を踊りながら歩いている人民バアサンが居ましたんで、聞いてみます。するとその祠はもう目の前だそうで。ちなみに人民バアサンもそこへ行く途中だったという。

張魯の義女である趙菊を祭っている

祠へたどり着きました。人民バアサンが「ほらほら、祠を見たいって人が来ているんだから、はやく来て鍵を開けなさいよ」と言っています。あとから来た人民バアサンが鍵を開けてくれました。中には張魯の義女である趙菊の像が祭られていました。

確か漢中の遺跡本には、義女墓の跡が残っていて、そこには大きな樹が立っていると書かれていたのを思い出しました。人民バアサンに「墓の跡もあるんだよね」と聞いてみましたが、やはり普通話と方言の壁が厚く、なかなかわかってもらえません。

でも、なぜか祠の前の方へ案内されました。するとありましたね。この大きな樹が張魯義女墓の跡だそうです。いや、言葉が通じているのか、通じていないのかよくわからない。

張魯義女墓の大木

さてと、今回の遺跡巡りはこれだけです。人民バアサンたちにお礼を言って、お別れします。そして街まで戻りました。これからまたバスに乗って武侯祠まで行きます。拓本を売っているオバチャンたちはいるのでしょうかね。

勉県の街に戻りました

武侯祠に着きました。お、オバチャンがいるじゃないですか。でも欲しい拓本を売っているオッチャンの方は居ませんでした。むう。オバチャンに「前に来たときあった、あの拓本が欲しかったんだけど」と言ってみると、「あゝ、あれね。あれはもう売れちゃったよ。1枚しかなかったし」とのこと。残念です。まあ、あの拓本があの値段なら、普通は買いますよね…。

せっかくなので、オバチャンの方で拓本を買いました。まあ、メチャクチャ安いわけじゃないですが、もう拓を取れる機会が少ないそうで、残っている物を買わなければ今後買えるかどうかもわからないのです。とりあえず乾隆帝の「寧静致遠」は、大きさもちょうどいいし、値段もほどほどなので買い占めましたよ。

オバチャンに「何か変わったものないの」と聞いてみると、倉庫から何やら掛け軸を持ってきました。四象は「壽」字とか念仏関係のものは要らないので、それ以外で何かないかなと思ったのですが。するとオバチャン、やっと興味のわく物を出してきましたよ。

漢墓画像石の拓です

オバチャンが「これはどう。漢墓の物よ。もうこの拓は取られないから、貴重よ」と言っています。もともとは武侯祠の中で売店をやっていたときに見本として飾っていたものだそうで、すでに軸装されているものです。「これって、どの漢墓のものなの」と聞いてみたのですが、オバチャンは「えっと、ちょっと忘れちゃったわ」とか。でも見たところ印刷などではないので、買うことにしました。オバチャン曰く「10,000元以上で売れるわよ」とか。いや、それならここで売らないでしょう…。

さてと、これで勉県へ来た目的は達成しました。欲しかった拓本が買えなかったのは残念ですが、よしとしましょう。

街へ戻って、バスターミナルに入ります。西安行きバスのチケットを買おうと思ったら、「西安行きは夕方しかないわよ」とのこと。むう、まだお昼前なのにそれはないだろうよ。仕方ないので、そのまま漢中行きのバスに乗り込みました。漢中から西安行きのバスに乗りましょう。

そして漢中に到着。西安行きの高速バスは違うバスターミナルから出ているので、そこまで移動します。お昼ちょっと過ぎ、これなら夕方には西安に着きますね。

あれ、あれれ、何か忘れているような…。げえ、漢墓画像石の拓がない。なんてこった。勉県からのバスでは持っていた記憶があるので、そのバスに忘れてきたのか。もう諦めて西安に行くか、ダメ元で取りに戻るか。悩む、悩む。

結局、タクシーで前のバスターミナルまで戻りました。やはり高かった物だし、諦めきれなかったです。とりあえず勉県行きのバス乗り場へ行き、「勉県を11時に出発したバスはいないかな」と聞いて回ります。勉県行きのバスは数が多いので、何台かの運転手に聞いてみたのですが、見つかりません。あゝ、もうダメなのかな。

すると車掌のオバチャンが「11時のバスなら、今度は1時過ぎに勉県へ行くはずよ」とのこと。とりあえず1時過ぎに発車するバスが来るのを待ちます。バスが来る度に確認しに行き、そしてやっとそのバスを見つけました。「忘れ物しちゃったんだよ」と言って、物の形状を説明すると、「これね」と渡されました。いやあ、久々にやっちまいましたね。

そしてまた違うバスターミナルへ移動し、西安行きの高速バスに乗り込みました。もう忘れませんよ。今回は最後列の真ん中の席という最悪な場所でした。もうケツが痛くて痛くて。それでも渋滞はなく、4時間ほどで西安に到着しました。

西安のホテルです

地下鉄に乗り込み、五路口まで。ホテルはCtripで予約した隴海大酒店です。中国四星なんですが、ちょっと古いためかそんなに高くないです。そしてこのホテルの横から空港へのリムジンバスが出ているんですね。西安火車站も近いし、便利です。

それにしても足が痛い。今回新しい靴を履いてきたら、靴擦れができて痛いんです。それでも夕飯は食べたいし。頑張って外に出てみると、また夕立でした。部屋に戻って雨が小降りになるまで待ちます。

餃子1斤、乱れ食い

四象の旅日記をよく読んでいる人は、また李先生へ行くと思ったでしょう。でも、四象は餃子の店に行きましたよ。やっぱり水餃子も食っておきたいですからね。 

店のオヤジに「韭菜半斤、芹菜半斤」と言ったら、変な顔をされました。いや、別に1人で1斤食ってもいいじゃないですか。東北人とかだったら平気で食うでしょう。久々の水餃子、美味かったです。完食。

そしてホテルに戻り、シャワーを浴びて就寝です。おやすみなさい。

icon-tag2017717日 西安~北京~日本

そして最終日、あとは日本へ帰るだけです。今回は午前9時の飛行機なので、朝一のリムジンバスでも間に合うのですが、また乗り合いタクにしました。15元しか違わないので、別にいいでしょう。

今回、西安から北京経由で帰国します。前回乗った天津航空の西安大阪直行便は、もうなくなってしまったようなので。とりあえず北京までは国内線です。また自動端末機でチケットを発券して、飛行機に乗り込みました。機内食は何かなと思っていたら、パン1個でした。やはり東航ですね…。

7月17日 MU2103 西安咸陽(09:00) – 北京首都(10:50)

東航名物パン1個

さて、北京首都機場に到着しました。T2ターミナルです。いや、なんだか狭いしボロボロですね。やっぱり古くからあるターミナルだからですかね。乗り継ぎまでには、まだ時間があるので、ちょっと何か食べましょうかね。飲食店は少なく、吉野家があったのですが、看板だけで工事中でした。結局、ファミマでおにぎりモドキを買って食べました。

とりあえず日本へ帰る便のチェックインも済ませたので、娘へのお土産でも物色しますか。食べ物はどうにもこうにもダメダメそうだったので、人形にしましたよ。

白蛇伝の白素貞です

さてと、あとは飛行機に乗り込むだけ。先に出発する北米路線はどの便も乗客が多いですねえ。四象の乗る名古屋便も、満席に近かったです。

7月17日 MU743 北京首都(15:50) – 中部空港(19:30)

そして飛行機は出発。空港が混雑しているようで、飛び立つまでにだいぶん時間がかかりました。さて、機内食もほどほどな物が出てきました。しばらくすると、近くの日本人ジイサンがゲロ祭りを始めました。隣に座っていた中国人女性が一所懸命に世話を焼いていましたね。ここらへんは中国人女性の素敵なところですな。

それはともかく、40分ほど遅れてセントレアに到着です。名鉄線で名古屋駅まで行き、また夜行バスで地元へ戻ります。夜の名古屋駅前、夜行バスに乗る乗客でごった返していました。連休最終日ですからね。

そして四象もバスに乗り込みました。明日の朝には自宅にたどり着いているでしょう。そして今回は時間を目一杯使ったため、帰宅してすぐに出勤という地獄が待っているのです。もう若くないのに。

これにて今回の旅日記は終了です。次回は9月に湖北省赤壁に行きます。でもオフ会なので、旅日記は書かないかもしれませんよ。

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長