局長の四象八牛です。

サイトの更新などいろいろやりたいことは多いのですが、どうしても手が回らない状態なのです。とりあえず旅日記は記憶が鮮明な内に書いてしまうことにしましょうかね。

icon-tag201752日 宝鶏~岐山~眉県~岐山~西安~綏徳

今日は午前8時近くの列車だったので、ホテルでゆっくりしてから外へ出ました。昨日まではいい天気だったのですが、今日は雲が広がっています。そのためかちょっと薄暗く、涼しい感じがします。さっそく火車站に入り、K1028次列車で岐山蔡家坡へ向かうことにします。

薄暗い宝鶏火車站

K1028次 合肥(07:54) – 蔡家坡(08:24) 硬座11.0元

普通列車の場合、どうしても遅れるということが気にかかりますね。それでも最近は高速鉄道網が発達したからか、在来線の乗客が分散されて、あまり酷い遅れが少なくなってきたような気がします。まあ、5月くらいは閑散期っぽいんですけどね。この列車も満員ではなかったです。

中国の列車内は赤ちゃんも多い

宝鶏から蔡家坡は近いので、30分で到着です。ちょっと小雨が降っていますね。まあ、その方が暑くなくていいでしょう。とりあえず五丈原の諸葛亮廟へ向かいますかね。バスを乗り継いで行ってもいいんですが、山の上まで歩くのが面倒なので火車站前からタクシーで行くことにします。

蔡家坡火車站に着きました。

運転手を捕まえて、値段を聞いてみます。「50元」と言ってきますね。ちょっと高いなあ。話を聞いてみると「今は諸葛亮廟のところも土木工事をしているんだ。回り道をして陝汽のところから登らないとダメなんだよ」とのこと。まあ、面倒くさくなったので、これで行くことにします。

途中、運転手と話をします。「いやあ、日本人もよく行くからな。何度も乗せて言ったぞ」とか言ってきます。四象は似非広東人の振りをしていますから、「そうだな。日本人も三国演義が好きだからな」とか「言葉が話せなくても漢字が書けるから、わかるよな」などと会話を続けます。

「昨日は、旅游節で唐国強も来ていたんだぜ」とのこと。「え、老三国の孔明か。それは見たかったなあ」と話ははずみましたよ。唐国強は生で見てみたかったですねえ。

あらら、こんな建物まで

そして諸葛亮廟まで着きました。確かに土木工事はしていたのですが、回り道はしなくてよく、そのまま坂を登ってきました。タクシーの運転手も自主的に10元安くしていましたし。まあ、30元くらいでいいと思うんですけどね。ここもどんどん開発が進められていますねえ。変なものを造らなければいいんですが。

こんなのもありました。旅游節の名残りか

このところ武侯祠の周辺を開発するって手法が多いですよね。成都の錦里に始まって、勉県の諸葛古鎮、そしてここもですか。ここはどういう風になってしまうんでしょうか。

何度目か忘れてしまったが、とりあえず中へ

今回、また五丈原諸葛亮廟を訪れたのは、ここにある前後出師表の碑刻の拓本を買いたかったからなんですよ。去年、はな局員と来たときには値段を聞いたのですが、手持ちの現金が少なく、諦めてしまったのです。今回はちゃんと多額の現金を準備して来ましたよ。

裏の方のお土産屋です

とりあえず見るものは見て、裏のお土産屋の方へ行きました。入口近くにもお土産屋があるんですが、去年ボッタクり価格を宣っていたので、誠実そうな裏の方へ。そこで前後出師表の拓本を買うことにします。

岳飛書前後出師表の拓本

値段を聞いてみると、去年より高く言われました。値段を言う前にちょっと詰まっていたので、人なりを見ているんでしょうね。でも去年聞いた値段を言うと、その値段になりました。木製の箱や証明書も要らなければ、もっと安くなるんですが、とりあえず証明書はあった方がいいかなと。でも清代の碑刻なので、めちゃくちゃ価値が高いわけではないです。それでも岳飛の書を碑刻したものですし、37枚組みです。全部飾れたら格好いいだろうなあ。

あ、あの建物が消えた

さて、これで目的は達成です。廟の外に出ると、あの建物が消えていましたね。そう、一説にはお化け屋敷とも言われている三国城が消えていました。まあ、誰も入らないのに営業していただけでも奇跡ですが、とうとう消されてしまいましたか。

諸葛亮祭灯台もちょっと変わっていた

さてと、五丈原の台地から降りることにします。諸葛亮祭灯台も見たのですが、祭灯台も新しくなっていました。いや、前のほうがよかったのに。そして土木工事真っ最中のところを通り抜けて、台地をあとにしました。ちょうど7路バスが通ったので、そのバスで高店まで移動します。そこからまたバスを乗り換えて、眉県まで行きます。

眉県に着きました

眉県は法正故里があったそうで、今回はそこまで行ってみることにします。到着したバスターミナルから小法儀まで行くバスがあったので、そのバスに乗り換えました。

小法儀に着いたものの

小法儀に着きました。さっそく法正故里の石碑のことを聞いてみます。ネットで写真も載っていたし、そんなに古いものではないので知っているんじゃないかと思っていたのですが、どの人民に聞いても知りません。おかしいなあ。あゝ、でもここに来るまでにバスの車窓から絵の描かれた壁が見えましたよ。絵の内容的にもそれっぽかったような。

関羽が墓にお参りしている

とりあえずそこまで歩いて戻ってみることにします。そして壁画がある場所へたどり着くと、やっぱりここのようです。けっこうな枚数の絵が続いているんですよね。内容はやはり三国演義の名場面なども。関羽が墓に参っているのは、法正墓なんでしょうか。

ありました法正故里の碑

もうしばらく歩くと、あゝ、ありました、法正故里の石碑です。道路側からは樹の影になって見えない場所でした。とりあえずここも小法儀の範囲内ですけど、もうちょっとピンポイントな位置情報を書けないもんですかね。

法正の祖父は法真

反対側の方にも壁画が何枚かありました。こっちは法正の生い立ちからの紹介などもあるようです。でも壁に塗料で描いた絵ですから、劣化が早いようです。もうしばらくしたら、ほとんどが剥げてしまいそうな感じ。

棍棍麺と肉夾饃

バスで眉県まで戻りました。ちょっと腹が減ったので、そこらの食堂で昼飯にします。棍棍麺と肉夾饃を食べました。麺料理は各地でいろいろな名前の物があるんですが、食べてみるとだいたい同じような味がする感じ。でも不味くはないですね。

今日は西安まで戻って、夜は列車に乗るつもりなんですが、まだ時間があるので、岐山まで戻って列車に乗りましょうか。途中、葫芦谷遺址に寄っていくことにしましょう。

三国古戦場葫芦峪

火焼葫芦谷の壁画

葫芦峪でバスを下車して、ちょっと歩きます。ここは一度来たことがあるので、迷うこともなく。そうそう、去年ここを訪れた西安の倪小軍さんが「ここの管理人は日本人が嫌いだから、気をつけた方がいいですよ」と言っていましたね。四象はもっと前に訪れているので、そのときはそんなことはなかったんですけどね。とりあえずまた似非広東人になっておきます。

古葫芦谷遺址の石碑

隣には諸葛廟も

諸葛廟の中に入りました。管理人らしきオヤジがいたので、挨拶はしましたよ。そして廟の中もみます。まあ、四象は似非広東人ですから、何にもないです。管理人はしきりに香を焚けとか勧めてきます。つまりあれですよね。金を出せと。とりあえず写真も撮らせてもらったし、「香は焚かないけれど、金は出すよ」と賽銭箱に入れると、管理人は満足したらしく、どこかへ行ってしまいました。

岐山高鉄站です

そしてまたバスで岐山まで戻り、高鉄で西安へ向かいます。高速鉄道なので西安北火車站の方に着きますね。西安北火車站は始めて行くのかもしれません。

D6824次 岐山(16:45) – 西安北(17:35) 二等座40.0元

西安北火車站に到着しました

列車は50分ほどで西安に到着です。2日後にもここから列車に乗るので、その切符を発券してもらいました。そして地下鉄で西安火車站へ向かいます。まだ直通の地下鉄がないので乗り換えをして、五路口で下車して歩かなければなりません。ちょっと面倒ですね。

西安火車站の切符売場

西安火車站で、今夜乗る列車の切符を発券してもらいます。切符売り場もガラガラでしたね。でも火車站周辺には人がごった返しているんですけど。今日は遅い時間の列車なので、まだまだ時間を潰さないとダメですね。とりあえず飯っておきますか。

またもや李先生、冷たいビール付き

今日の列車は久々の軟臥なんですよ。西安火車站は軟座専用の待合室があるので、そっちで発車時間を待ちます。いや、もう腹いっぱいなので眠いんですけど。我慢我慢。

K8182次 西安(23:33) – 綏徳(05:04) 軟臥下鋪204.0元

やっと乗車開始時間が来て、列車に乗り込みました。もう眠くてたまりません。寝台に入るとさっそく寝る準備です。でもそんなときに限って、向かい側の三世代家族がギャーギャー騒いでいるんですよ。もういい時間なんだから早く寝ろよ。まったく。

それはさておき、列車は30分ほど遅れて出発したようです。まあ、明日の早朝に到着予定ですから、30分くらい遅れてもいいかなと。さあ、明朝は綏徳ですね。では、おやすみなさい。

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長