局長の四象八牛です。

あゝ、もう3連休最終日ですね。まあ、疲れもだいぶんとれて楽になりました。でも明日からまた仕事です。今月末は春節オフ会ということで神戸に遊びに行きます。それまでは適当に働いて過ごしますかね。

icon-tag20161230日 杭州~海寧~桐郷~海寧

今朝はほんの少し遅めに起きました。ホテルの朝食が7時からだったんで、それを食べてから出発しようと思ったからです。やっぱり食えるときは食っておかないとダメですからね。荷物を持って食堂へ行きます。寒いので温かいものが美味しい。粥にザーサイを入れて食いました。あとは饅頭と炒飯。変な組み合わせですが、気にしないでください。

美味いっすよ

さてと、今日は孫権故里を再訪しますか。もともと今回の予定には入れてなかったのですが、寧波で費君廟に寄ったこともあったので、時間の調整で行くことにしました。上沙にある呉大帝廟前に孫権像ができたと聞いたのもあるんですがね。

まずは市バスで西バスターミナルへ。朝方はまだ冷えますね。そこから深澳行きバスに乗り込みます。このバスに乗っていた人民ジイチャンに「このバス、上沙に行くよね」と聞くと、ジイチャンは「わしは上沙の者じゃ。何しに行くんだ」とか。まあ、孫権故里へ行くだけなんですけど。

人民中巴で出発

さてさて、バスはしばらくして上沙に到着しました。ちょうど呉大帝廟の前に停まるんですよね。どのバスも遺跡の前で停まってくれたらなあ。ここは2009年にも訪れているのですが、そのときはこの呉大帝廟に入ることができませんでした。そしてその前に孫権像もなかったし。

呉大帝廟と孫権像

どうやらここも開発する気になったようですね。隣に大きな建物を建設中です。その前に呉大帝廟の中をどうにかしたら。以前来たときに中を覗いたのですが、やはり物置として使われていました。今回は中に入りたいな。廟の周りをウロチョロして、中に入るきっかけを探します。すると工事現場から人民オヤジが来て「中に入りたいのか」と言ってきました。まさに願ったり叶ったりですね。

実は、横にある扉が施錠されていないことに気づいていたんですが、すぐ近くの工事現場に人民がたくさんいるし、勝手に入るわけにもいかず。このときを待っていました。変な詮索はしないでください。

三孫堂はありました

廟の中に入ると、やはり物置感満点。工事で使う資材がそこらじゅうに置かれています。そっちの建物を造る前に、こっちをどないかしようよ。それでも三孫堂は綺麗になっていて、戯台なども残されていました。もうしばらくすれば綺麗に再生されるんでしょうかね。

襲いかかって来そうな呉の面々

そして、ホコリが積もった恐ろしい人形も残されていました。たぶん孫権、周瑜、魯粛の人形なんでしょうね。その姿が哀れ。孫権なんかニヤニヤしていて、追い剥ぎしそうな雰囲気です。まあ、この人形はそのうちポアされちゃうんでしょうね。

さて、せっかくここまで来たので、ついでに瓜橋埠へも行っときますか。ここには呉大帝故里の石碑が立てられています。以前来たときとほとんど変わらず。よかった。

瓜橋埠の呉大帝故里碑

そして、ちょっと歩いて行くと畑の中に孫権故里の石碑も立てられています。今回は雑草が覆い茂っておらず、なかなかいい感じですね。

孫権故里と刻まれた石碑

ついでにもう1つ、孫権のジイサンである孫鐘が瓜を栽培していた場所へ。ここも石碑だけですけどね。まあ、破壊されずに残っていてよかったです。7年も経つと消えているんじゃないかと心配で。

孫権のジイサンの瓜畑

さてと、これで今回富陽での目的は達成。杭州まで戻りますかね。とりあえずバスを乗り継いで杭州まで戻り、地下鉄で杭州東火車站まで。やはりちょっと時間がかかりましたねえ。本当は次の目的地へもバスで移動しようと思っていたのですが、杭州市内はバスで移動すると死ぬということが身にしみたので、列車に乗ります。

杭州東火車站に到着

また高鉄に乗ります。優先窓口に英語で外国人窓口と書いてあったので、そちらへ並びました。そりゃ並んでいる人が少ないし、四象も外国人ですからね。直近の列車は発車時間が近いということで、次の列車になりました。まあ、荷物チェックなども大行列だったので、仕方ないですね。

列車の時間までもう少し時間があります。お昼なので、何か食べておきますかね。やはり毒マクドかなと思ったんですが、ちょっとご飯物を食べることにします。老成都魚香茄子飯に目を引かれたんです。

老成都魚香茄子飯だそうです

うん、微妙。不味いの一歩手前。やはり華東で川菜は無理ですね。付け合せもダメ。やはりこの辺りの薄味に合わせちゃってるんでしょうか。まあ、ちゃんと完食しましたけどね。さてと、列車に乗り込みますか。

G1386次 杭州東(13:07) – 海寧西(13:20) 二等座12.0元

海寧西火車站に到着

さてと海寧西火車站に着きました。これからまずは大麻鎮へ行ってみますか。そこにも呉王廟があるらしいんですが、大麻とはなんともと言った地名ですな。ちなみに大麻桐郷の方になります。とりあえず311路バスに乗り近くまで。そこからK212路バスに乗り換えれば大麻に着くんですが、バスが一向に来ませんね。

時間が勿体無いので、バイタクにしますか。5kmくらいですからいいでしょう。近くに停まっていたバイタクのオヤジに話しかけます。「大麻まで行くか。幾らだ」と聞くと、「20元だ」とのこと。なんかちょっと間違えると怪しい会話になりそうですけどね。

ゲーハー人民オヤジ

オヤジの電動三輪は発車。すると後からガラガラガラと音が響きました。オヤジは「TMD!」と叫びます。こいつ充電器を繋げていたのを忘れてたんですね。引きずって走り出したんです。まあ、なんとも愉快なオヤジで。笑わせてもらいました。

そして大麻に到着。呉王廟があるらしい寺まで行きます。でも見当たらないですねえ。寺の人にも聞いてみたんですが、廟自体はあるようなないような。ぐるっと回ってみましたが、どうもなさそう。東嶽宝殿内部に孫権っぽい像があったんですが、やはり違うかなあ。両隣は周瑜と魯粛っぽくもないけれど。残念。

孫権っぽいけどなあ

バイタクのオヤジも待っているというので待たせておきました。どうせだからまた途中まで乗っていけばいいし。待っている間の金はいらないようです。どうもこのオヤジ、初めてきたこの寺でお参りがしたかった模様。四象の用事が終わっても、まだお参りしてました。「TMD!」と絶叫するオヤジも仏様には弱いんでしょうかね。

オヤジのホームグラウンド、科同まで戻りました。そこからまたバスに乗って海寧西火車站へ。次は131路バスに乗って塩倉へ行きます。なんだかちょっと時間が押せ押せになってきましたね。まあ、行けるところまで行きましょう。

とりあえず塩倉のバスターミナルに到着。そこから老塩倉あたりへ。バスもあるんですが、時間節約のためにバイタクで行きました。そこから徒歩で魯王孫覇墳へ。孫覇は孫権の第四子、太子となった孫和と孫権の後継問題で争った人物ですね。その墓がここに残されているのだとか。

魯王孫覇墳に到着

しばらく歩いて、魯王孫覇墳に到着。まあ、封土の部分が残っているんでしょうかね。上には金属製の文物碑が立てられていました。でも文物碑は石で作ろうよ。さて、日暮れも近くなってきたので、今日はこれくらいにしますか。次の目的地のある長安鎮までは行けそうかな。

またしばらく歩いてバス停へ。868路バスに乗って長安鎮まで。長安鎮も以前に一度訪れたことがあるんですね。ここには孫魯育(小虎)の墓があるんです。今回は行きませんけどね。さて、宿を探しますかね。

Ctripで検索してみましたが、あまり条件のいいホテルがありませんね。さらに外国人が問題なく泊まられそうなホテルってどれだろう。もう面倒になったので、近くにあったよさげなホテルに入りました。まあ、ちと高かったですが、外国人でも泊めてくれるとのこと。ここでいいでしょう。部屋もまあまあ豪華です。まあ、上海などの大都市に比べたら全然安いと思うんですがね。フロントで聞いてみるとちゃんと派出所に届け出したようです。まあ、その方が安心ですよね。

ちとよさげなホテル

さてと宿も決まったし、飯食いに行きますか。また蘭州拉麺でいいや。ホテルの近くに店があったので、そこで食いました。まあ、こっちはそれなりに美味しかったです。お店の女将さんが、回民系の美人さんでしたね。

牛肉麺と牛肉炒飯

満腹になったあとは、スーパーでビールを買って、ホテルに戻って、シャワーを浴びて。ビールを飲んでマッタリとしたあと、就寝です。いつもと同じですけどね。では、おやすみなさい。

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長