局長の四象八牛です。

いつもの旅日記は8回か9回で終わりですが、今回はまだまだ続きます。毎日の日程をかなり詰め込んでいますので、1日の内容が多くて日記を書くのもけっこう大変なんですよね。まだ記憶が鮮明なうちにいろいろと書いておかねばなりません。

icon-tag2016328日 勉県~安康

さて、今日はまず昨日入られなかった劉備漢中王設壇処へもう一度行きましょう。ホテルの前から1路バスに乗り込みます。運転手のオバチャンに「どこまで。」と聞かれたので、「万邦大酒店まで。」と答えました。1路バスは行き先に拠って料金が変わるようです。勉県のバスは一度乗ると2元なんですよね。けっこうたくさん用意していた1元札があっという間になくなってしまいます。

バスはしばらく走り、もうそろそろかなと思ったのですが停まりません。おかしいなと思い、運転手のオバチャンに「過ぎちゃったでしょう。」と聞くと、オバチャンはアッと言うような顔をしました。どうやらすっかり忘れてしまっていたようです。まあ、バスを降りて歩いて行きますか。

そして旧洲村に入り、昨日のオバチャンの家に行きます。あれれ、門が閉まっていますね。前にいた人民ニイチャンに聞いてみると、これから探しに行ってくるとのこと。しばらく待っているとニイチャンが戻ってきて家の門を開け、中で待つことになりました。そしてオバチャンもチャリンコに乗って戻ってきましたよ。

オバチャン回来了

中庭でしばらく雑談をしながらお茶を飲みます。まあ、だいたいは「日本人は金持っているよな。」とか「中国は収入が少ないのに物価が高いから大変。」だとかそういう話になります。いや、今じゃ中国人の方が金持っているし、日本もずっと収入が少ないのに物価が高いんですけどね。

さあ、劉備漢中王設壇処へ行きましょう。オバチャンが管理人のオバチャンを連れて来てくれました。そして開かずの扉が開きます。四象は以前にも2回ほど来ていますが、扉が開いていることはなく、いつも周辺の人民に頼んで開けてもらっていました。

扉が開きます

はな局員は劉備も好きだとのこと。もし今日もここに入られなかったら、壁を乗り越えようと思っていたのだとか。まあ、そう何度も来られる場所ではないので、その気持ちはわかります。でも壁を越えるのはなかなか大変なんですよ。

先主初爲漢中王設壇処

以前は中に入ると寄付を求められることがありました。中にはまだ誰々がいくら寄付したという張り紙が貼られていて、日本人の名前が並んでいるんですよね。四象も以前訪れたときには少し寄付したことがあります。

これでなんとかはな局員の大事な目的は達成できました。オバチャンたちにお礼を述べて、また街の方へ戻ることにします。本当に気さくで優しい人民オバチャンたちでした。ありがとうございます。

設壇処前で記念撮影

さて、また1路バスでホテルの前まで戻り、3路バスに乗り換えます。昨日は大混雑だったバスも今日はガラガラです。3路バスの終点水磨湾まで行きます。バスを降りるとすぐにあの馬超像が目の前に。かなり格好いい像なんですが、周りに電線が多くて写真を撮るときの妨げになるのが残念なところです。

蜀漢征西将軍馬超記念像

そしてそのすぐ近くに陽平関があります。ちなみにここは現在の寧強県にある陽平関鎮ではありません。古陽平関と勉県老城のことです。国道沿いに文物碑が立てられています。その後方には菜の花畑が広がっていますね。

古陽平関の文物碑

この文物碑の脇にある吊橋を渡ると復元された陽平関です。でもこの吊橋は危険らしく、渡ってはダメですよと書かれています。でも人民たちが渡っていますね。吊橋を渡らないのなら、ぐるっと遠回りをすることになります。

危橋禁止通行

陽平関の前は一面の菜の花畑、これで天気が良ければもっと綺麗だったんでしょうけどね。修復された陽平関関門の上にも登ることができます。周辺を眺めて見ると、なにやら廟らしき建物もありますね。ちょっと気になります。

古陽平関

はな局員が写真を撮っている間に、四象は廟の方へ行ってみます。もしかしたらここにも馬超が祭られているのかも、などと期待してみます。が、たどり着いてみるとやはり山西夫子でした。残念。

やはりこの三人でした

さあ、また3路バスで街へ戻ります。次は定軍山へ向かいますよ。定軍山の方向へ行く橋の近くでバスを降りました。ちょっと小腹が空いたので、近くの食堂で麺を食べます。また臊子麺なのですが、けっこう美味しかったです。四象はスープあり、はな局員はスープなしを食べました。人民はスープなしを食べる方が多いようでした。

なかなか美味いです

そしてバスに乗って定軍山へと思ったのですが、この橋、車が通られないようになっていますね。これじゃ、ここを通るバスはありませんよ。スマホの百度地図で確認すると、もう1つ橋がかかっているようです。今はそっちの橋の方を通って行くのでしょう。しばらく歩いて行きます。途中、定軍山賓館などがあったり。

孔明の綸巾が目印

そして結局、ホテルの前まで戻ってしまいました。ここから5路バスに乗れば、武侯墓や定軍山の麓まで行けます。しかしバスがなかなか来ませんね。本数は多くないようです。30分ほど待ったでしょうか、やっとバスが来たので乗り込みます。

さて、武侯墓の駐車場手前がバスの終点です。ここからは徒歩で定軍山の方へ向かっていきます。四象は以前にも2度ほど来ているのですが、定軍山の麓にある石碑のところまでで、山上には登っていません。まあ、そのころはまだ山上が開発されていなかったからもあるのですが、山登りが嫌いだということが一番の原因です。

千年定軍山

今回ははな局員もいるので、定軍山の上まで行ってみることにします。まずは麓にある古定軍山の石碑を見ておきましょう。以前来たときと同じ農家楽の敷地裏手に残っていました。1984年に立てられた石碑ですので価値のあるものではありませんが、それでももう30年は経っているのですよね。

古定軍山の石碑

そして、またしばらく歩くと定軍山の入口が見えてきました。はてさて、有料観光地化しようとして失敗したのか、とにかく門票もなく入ることができます。これで30元でも取ろうものならボッタクリ観光地なんですけどね。そして、その入口からすぐのところに塑造があります。

神兵天降

神兵天降と題されたこの塑像、もちろん三国時代の人物がモチーフなんでしょうけど、どれが誰だかいまいちはっきりわかりませんね。ネットでは何度か画像を見たことがあるのですが、実物は意外と小さいです。

そして遊歩道を登っていきます。基本的には一本道のようなんですが、道案内などがまったくありませんので、分かれ道ではちょっと戸惑ってしまいますね。途中、幕営のような建物もありましたが、造りはイマイチだし、中は空っぽでした。

定軍山の中腹から

どんどんと登って行きます。確か山頂にももう1つ定軍山の石碑があるはずなのですが、なかなか見つかりませんね。いったいどこにあるんでしょう。もう山頂には近いはずなんですがね。さすがにちょっと疲れてきました。

それはそうと定軍山、トイレかなと思った建物が変圧器設備だったり、本物のトイレは施錠されていて使えなかったり。さすがに中国だなと思わせる仕様です。もしかしてはな局員、ババ怒りしてますか。

ちょっと降ったところで、また登っていく道と降る道に分かる場所に来ました。もうそろそろ登るのは嫌になってきたところです。でも石碑がまだ見つかりません。とにかく登っていけと言うことですかね。はな局員はちょっと休憩ということで、四象1人で登っていきます。上から人民が下りてきたので、「上には何かあったか。」と聞いてみると、人民ネエチャンは「何もないわ。烏亀がいただけよ。」と言います。

なんで山上に亀なんだよと思いながら登って行きました。そして山頂にたどり着きます。あゝ、確かに亀さんですね。そう定軍山の碑は亀趺の上に乗っていました。

山頂にある定軍山の石碑です

そして四象は山を下ります。代ってはな局員が登っていきます。四象はしばらく休憩です。下った先を見てみると、まだ何かありそうですね。一体何でしょうか。はな局員も戻ってきたので、そちらの方へ行ってみます。するとここにも諸葛井がありました。まあ、陣を張るにしても水は必需品ですから、井戸があってもおかしくはないです。その近くには督軍台もありましたが、その上には何もなさそうなので、登りませんでした。

漢諸葛武侯井

さあ、そろそろ山を降りますか。ちょっと歩くと、また像がありました。あゝ、黄忠が夏侯淵を斬る像ですね。これはなかなか格好いい。黄忠や夏侯淵の像はほとんどありませんからね。 

黄忠刀劈夏侯淵

そしてもう少し下りると、不気味な物体がありました。はな局員もババ怒りの孔明地蔵か。羽扇を持っているし孔明だとわかるのですが、岩から生えているというか何というのか、その造形からして摩訶不思議な物体となっています。もうちょっと格好良く造られなかったのか。

不気味な物体X

さあ、これで本当に山を下ります。定軍山をぐるっと一周した感じになりました。そして武侯墓の駐車場前へ戻り、バスを待ちます。白タクも待機しているのですが、今は急いでいないしバスを待つことにしました。しばらくするとバスが来ましたので、乗り込みます。

街へ戻った後、ホテル横のスーパーで食料を買い込みます。今晩は列車で安康まで行くのですが、安康到着が少し遅い時間になるので、列車の中で腹ごしらえをするためです。そしてホテルに預けていた荷物を引き取って、勉県火車站へ向かいます。バスがないので、タクシーに乗って行く事にしました。街中からは近いので10元でした。

小さな勉県火車站

勉県火車站、中国の火車站では珍しく、X線での荷物検査がありません。大きな荷物は開けて、駅員が検査します。さらにトイレはホームに出たところにあり、改札口から出て用を足しに行くというゆるゆる火車站でした。まあ、乗客も多くはないし、これで間に合っているんでしょうね。

そしてK390次列車に乗り込みました。この列車は四川省成都市から福建省福州市へ向かう列車です。けっこうな長距離列車ですね。そしてひっきりなしに来る車内販売。なんというか便宜無好貨(安物に良い物はない)的な品物を売りつけまくっています。

カオス列車

K390次 勉県(18:18) – 安康(22:32) 硬座41.5元

4時間の乗車、四象はカップ麺やパンで夕食を済ませ、ビールも飲みました。何もしないで4時間も座っているのは大変ですからね。そして安康に到着です。まずは翌日の切符を発券してもらい、それからホテルを探します。列車に乗っている間にCtripで探してみたのですが、安康火車站周辺の宿はあまり評判がよくなく、外国人が泊まれそうなところも見つかりませんでした。

ですので、到着後に比較的評価がよかったホテルに飛び込んでみます。聞いてみると宿泊料金はCtripの表示より安く、外国人も泊めてくれるそうで。外国人がそれほど訪れる街でもないので、あまり厳しくないのでしょうね。個人経営のホテルですが、部屋もそれほど悪くはなく、シャワーのお湯もちゃんと出ました。

さあ、今日はもう遅い時間ですし、明日の朝もまた列車に乗って移動ですので、ゆっくり休むことにします。明日は安康のお隣の県、旬陽へ行きますよ。それでは、おやすみなさい。

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長