局長の四象八牛です。

寒いとやはり家に篭りがち。でも何をするでもなくゴロゴロとしてしまうんですよ。PCの前に座れば眠くなってくるし。明日からはちょっと忙しくなりそうなので、旅日記を1回でも多く書いておくことにしますか。

icon-tag201611日 亳州~鹿邑~淮陽~鄢陵~許昌

亳州で迎えた2016年。しかしまったく新年の気分がない中国です。中国は旧暦を重視していますので、新年と言えば春節を迎えることなんですよね。2016年の春節は2月8日です。この日も7時半にロビーで待ち合わせ。その後、また毒マクドへ行って朝飯を食べました。隣の魏武広場にはいちおう慶祝元旦の看板がありました。

いちおう元旦は休みだけど

さて、今日は亳州を離れて西へ向かっていきます。まずは西隣の河南鹿邑まで行くことにしましょう。市バスで西バスターミナルまで移動します。そこから鹿邑行きバスに乗り込みます。10元です。そして1時間ほどで鹿邑に到着、まずは終点の西関にあるバスターミナル近くで下車しました。冬なのでトイレにはこまめに立ち寄るようにしています。

鹿邑行きバス

そして次は玄武行きのバスに乗り換えます。元旦から土日と合わせて3連休になるのか、帰宅する学生が多いですね。このバスで邱集にある武平城へ行きます。片道8元。ここは9月にも訪れていますが、曹操が武平侯に封されたときの封地です。いちおう曹操像があります。

武平侯曹操封地

さあ、次の目的地は淮陽です。武平城からはバスで幹線道路の孫庄まで出て、そこから周口行きのバスに乗り込みました。幹線道路とはいうものの、片側1車線なので遅い車がいるとなかなか追い越せません。バスはちんたら走って1時間半ほどで淮陽に到着。街の西南側にあるバスターミナル辺りで途中下車です。

ここから次の目的地である曹植思陵塚までは4kmくらいですかね。時間がもったいないのでバイタクで行くことにします。近くに屯していたバイタクオヤジたちに話しかけると、カードで遊んでいます。面倒くさそうに相手されました。四象が「思陵塚まで行ってくれ。」と言うと、オヤジ1人が「なら、わしが行く。」と言います。値段を聞いてみると1人5元だとか。うゝん、ちょっと高いなあ。でも1人だけでもたぶん10元以上は言ってくるだろうしな。最近どこへ行ってもバイタクは割高だなと感じます。

バイタクに乗って進んでいくと、面倒くさそうだったオヤジも何度となく話しかけてきます。まあ、このあたりの人民が話す普通話モドキならほとんど聞き取れますので大丈夫。四象はいつも広東人と偽ります。H女士たちとは日本語で話をしているので、日本人とバレないようにするためです。日本人とバレてもどうってことはないのですが、やはり「お前ら日本人はなあ」攻撃が始まると面倒くさいので。

そして曹植思陵塚に到着しました。ここは曹植の衣冠塚だと言われており、現在でも大小4つの塚が残っています。いつもなら四象たちの後を歩いているZ女士が、先陣を切って歩き出しました。分かりやすいですね。

曹植思陵塚

大小4つの塚が残る

一番大きな塚では子供人民たちが遊んでいました。一番北にある塚の上には何やら小さな祠があったので登ってみましたが、特に曹植とは関係なく。地元の人民がたまにお参りに来ているような感じでした。

そしてバスターミナルへ戻ります。バイタクが来ないかなと待っていると、車が一台停まりました。話してみると、10元でバスターミナルまで送ってくれるそうです。まあ、運転手が自分の行きたい方向で相乗りさせて小銭を稼ぐんですよ。バイタクより安いし、運転手も小銭が入る、Win-Winってやつですか。

バスターミナルに戻った時点で午後3時前。これからどうするかを相談します。次の目的地は鄢陵、ここから最短経路で100kmくらいです。しかし、直通で行けるバスは多くありません。一つの方法としてはバスの多い太康へ行き、そこから鄢陵に向かう。もう一つは車をチャーターしてぶっ飛ばす。

バスで太康を経由して鄢陵まで行くと、もう日が暮れてしまいますね。それだと鄢陵で1泊しなければなりません。車で飛ばせば日が暮れる前に鄢陵にたどり着けるでしょう。そして目的を達すれば、そのまま許昌まで行ける可能性が高いです。

H女士たちが出した結論は車でぶっ飛ばすでした。四象が近くにいたタクシーの運ちゃんに聞いてみます。すると鄢陵までは400元だと言います。けっこう高いなあ。まあ、運ちゃんが往復しないとダメなのはわかるのですが、もうちょっと安くならないかな。運ちゃんは鄢陵の東側にある扶溝までなら300元でいいと言います。そこからなら鄢陵へ行くバスも多いです。H女士たちは400元で鄢陵へ直接行くことを選択しました。

さあ、出発。しばらくすると運ちゃんが無線で頻繁に話を始めました。聞いていると、「鄢陵へ行くことになったんだけど、高速に乗ってどこで降りればいいのかな。」と仲間に聞いています。なんだよこのオヤジ、あんなにドヤ顔で「行ってやるぜ。」みたいな態度だったのに。まあ、淮陽近辺で高速道路に乗るまではまだまともだったのですが。

高速に乗った途端に態度が激変。ジャンクションや出口が近づく度にスピードを落として、おどおどしながら運転しています。四象はもう可笑しくてたまりませんでした。仕方ないのでまた四象がナビゲートします。困ったもんですねえ。

まあ、なんとか無事に高速道路の鄢陵出口へたどり着き、そこから街の方へ。もう日暮れが迫ってきているので、直接目的地まで行ってもらいます。その目的地は街の北側にある曹彰墓です。なんとかまだ明るいうちにたどり着くことができましたよ。でもこの運ちゃん、1人で淮陽まで帰られるのかな。

鄢陵の三里侯塚が曹彰墓だと言われています。四象は2008年にも訪れています。そのときここで世話を焼いてくれたのが潘バアチャンでした。潘バアチャンはここに廟を再建したいらしく、設計図などを持って政府に陳情したりしていたようです。曹彰墓の墓碑も潘バアチャンが自分で刻んだのだとか。とにかく熱意溢れるバアチャンだったことは覚えています。

曹彰墓

そして今回訪れてみると、塚の上には小さな祠がありました。曹彰墓の墓碑などはそのまま残っています。曹彰墓を見終わったあと、祠の方へ行ってみると人影がありました。ちょっと話をしてみると、すぐにわかりました。あの潘バアチャンです。だいぶん歳をとったように見えますが、当時の元気溢れる話し方は健在。あゝ、なんだか四象はとっても嬉しい気持ちに。廟の再建は未だにかなっていないものの、夢や希望を熱く語る姿はあの当時のままでした。

さあ、なんとか今日の目的は達成しました。これからならまだ許昌まで行けるでしょう。鄢陵の北バスターミナルまで歩いていきます。以前はここからも許昌行きバスがあったのですが、今はもうないようでした。近くの売店で聞いてみると、もうバスがなくなる時間だから、急いで西バスターミナルまで行けと言われます。

バイタクに乗って西バスターミナルの近くまで。そこで待っていると許昌行きバスが来たので、途中乗車できました。乗るときに急かされましたので、本当はここで途中乗車してはいけないバスなのです。でもバスの方は客を拾って儲けたい。だからなんでもありなのです。

バスの中でH女士たちが許昌で宿泊するホテルを予約しました。開封太郎先生のいる許昌学院に近いホテルです。特に問題なく予約できましたし、Ctripからも電話がかかってこないので大丈夫だと思っていました。

バスは許昌に入り、許昌学院の近くで途中下車。予約したホテルまで行きます。ホテルに入ってすぐ目に入ったのはフロントのオネエチャン。電話をしているのですが、なんだか態度がよろしくない。こういうのって四象は嫌いなんですよね。

そしてH女士たちがチェックインしようとパスポートを出すと、「ここは外国人は宿泊できない。」の一点張り。でも以前に開封太郎先生を尋ねた日本人もここで宿泊しているのに。四象はババ怒り。Ctripに電話をし、ホテル側から事情を説明させました。

まあ、外国人の宿泊は登記の問題があるので、その登記をちゃんとできないホテルに宿泊できないのは当たり前のことです。でも中国はコネの国、後で先生から事情を聞いてみると納得できました。

とにかくH女士たちの宿泊先をどうにかしないとなりません。先生に連絡してどうするかを決めようかと思ったのですが、生憎先生は所用で外出中。なら外国人でも問題なく泊まれそうなホテルへ行きますか。

市バスに乗って市内の方へ。桃園大酒店に入りました。広々としたロビー、中国三ツ星ホテルですかね。四象がフロントで聞いてみると、一番安い部屋は170元、あとは200元、240元とあります。もちろん外国人も大丈夫。H女士たちに伝え、フロントに連れてきました。

フロントのオネエチャンは丁寧に説明してくれ、170元の部屋は低層階にあるので、カラオケの音がうるさいよとか、外国人だしちょっといい暖かい部屋に泊まった方がいいんじゃないかと勧めてくれます。営業トークでも親切感があるといいですよ。

しかしH女士たちも予算的なものがあるので、安い方がいいようで。それならとフロントにCtripの価格のことを聞いてみると、175元で予約できる部屋なら設備もまあまあでよいとのこと。フロントの前でCtripを使って予約し、ここで宿泊することになりました。

そしてまだ先生とは連絡が取れないので、先に遅めの夕飯を食べに出ます。ホテル周辺にはあまりよさそうな店がありません。結局お手軽な蘭州拉麺にすることにしました。H女士とお店に入ります。すると、あれZ女士の姿がない。さっきまで一緒にいたのに。どこではぐれてしまったんだろう。

周辺を探して、ホテルへも戻って確認してみましたが、見当たりません。もう一度歩いた道を探します。すると見つかりました。一瞬の間にはぐれてしまったようです。まあ、何事も無くよかったのですが。

そして、四象は先生と連絡が取れましたので、太郎招待所へ向かいます。明日からH女士たちの案内は先生にお任せです。太郎招待所では先生と夜遅くまでビールを飲みながら語り合いました。先生に日本の焼き鳥缶詰を渡すとヨダレを垂らして喜んでいましたよ。

まあ、今日もいろいろありました。あゝ、元旦でしたね。そう2016年になったのですよ。良い年になりますように。おやすみなさい。

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この記事を書いた人

四象八牛
四象八牛三国志旅游局日本局長